読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

G式なブログ。

そういうこともある。

センター試験

どうも、1月のG式です。
さて、センター試験でした。
別に「英語が○○○点でした」であるとか、「数学がめっちゃ調子良かった(or not)」であるとか書くつもりはありません。なぜなら、試験前日に投稿するはずだった記事だからです。ですから、記事の時制が狂っているかもしれません。お気になさらず。

我々は、石油です。
全国の、あらゆる地方から汲み上げた石油の4割は、 たったひとつの、それこそ25年来の、頻繁に部品を継ぎ足し改良されながらもよくぞここまで稼働してきた、古株ベテラン蒸留塔カラムによって分留されるのです。極めて無機質に、極めて機械的に。
ただ、その蒸留塔もさすがに寿命が来たみたいで、あと5年もしないうちに建て替えられるとか。だから我々は、旧制度アンシャン=レジームの最後の足掻きの犠牲者というわけです。なんて誇り高いことでしょうか。
ただ我々は石油ですので、分留でどのランクに仕分けられても、それぞれに適った利用価値があります。というのもセンター試験は、「数学の微積分や国語の漢字といった、いわゆる"勉強"の能力をどれくらい備えているか」を確認するリトマス紙だからです。多次元的な個々人の才能をたった1本のベクトルで表現するなんて、赤絵の具だけで虹の7色をつくるような無茶ですよ。
だから並外れた運動能力を持ったスポーツ選手や独特の感性を持つ詩人、表現力の塊のような画家に、"勉強"能力なんて要求する方がおかしいのです。そんな奴は、フランス料理店で北京ダックでも注文しなさい、って感じです。
そんなセンター試験が好例のように、たしかに日本の学校制度では、ある才能に特化した人間が育ちにくいと思います。むしろ、出る杭を強打して折り曲げる社会と言えるかもしれません。杭の打つべき場所は、もっと別のところ、例えばマンションの地下とかにあると思うんですね。
この話がどこに落ち着くかと言いますとね、上で「センターは不要なのではないか」と書きましたが、やっぱり大学入試などで必要な人の方がはるかにたくさんいると思うんですよ。周りを見ても、社会一般の高校生を見ても、自分にとっても。
もう試験自体終わったあとなので言うのは違和感を感じるかもしれませんが、
"くい"の無いように取り組みましょう
と、そういうことです。
以上です